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バッグ カジュアル アーカイブ

カジュアルなファッションで

はじめまして。


今日からファッション関連のブログをはじめます。


わたしが一番好きなスタイルはカジュアルファッション。


ここではバッグ カジュアルなどカジュアルスタイルについてのあれこれと、最新の流行、ファッション史などいろいろなことを書いていきたいと思います。


どうぞよろしく。


わたしが一番おしゃれだな、と思う有名人はバネッサ・ウィリアムズです。


容姿はもとより、タレント(才能)審査もあるただの美女選びではない"ミス・アメリカ"のコンテストで、バネッサさんは音楽専攻の女子大生という特技を生かし、その美しい歌声で満場の拍手をさらったといいます。


ところが、その外電を新聞で見た時私はすぐバネッサ嬢が"黒人"とは思えませんでした。


たまたま手元にあった『アメリカン・ビューティ』というアメリカの美女の歴史を書いた本をながめてみると、初代ミス・アメリカのマーガレット・ゴードン嬢のほうがずっと鼻も大きいし、唇もカッコ悪い。


つまり、そのくらい、バネッサさんは肌の色(といっても真っ黒ではなくミルクコーヒー色)を除けば、チリチリではない波のようなヘアも、凹凸のくっきりした顔立ちも、限りなく"白人"に近かったのです。

美人の基準は"白人"なのか

白人と並んでも違和感のない顔だったからこそ、バネッサさんは黒人初のミス・アメリカに輝いたのではないでしょうか。


これは、永遠のスーパースター・・・


マイケル・ジャクソンにもいえることですね。


虚実とりまぜて彼の整形が話題になっていましたが、ジャクソン・ファイブ時代のあの容姿だったら今日の成功はあったでしょうか。


天下の美女ブルック・シールズを傍らにおいても遜色のない"整った"顔。


その反対に、黒人特有のしなやかな身体は、上半身にボリュームを持たせ下半身はスリムなスタイルに徹したコスチュームで強調されています。


短めのパンツからのぞいた鮮やかなソックスがステップの軽やかさを強烈に印象づけるポイントにも。


白人と黒人のいいところだけを身につけた傑作が彼です。


しかし、確かにマイケル・ジャクソンはカッコいいけれど、黄色人種の私にはひっかかるものがあります。


60年代後半の"ブラック・イズ・ビューティフル"のムーブメントを経ても、やはり美人の基準は"白人"というフィルターなしには語れないのかと・・・。


ひと足先に大スターになり、今やビューティフル・ピープルの一人にもなったダイアナ・ロスを見てもそんな思いがしますね。


これはバッグ カジュアルなどを扱うファッション業界ではよく話題になることなのです。

ユニ・セックスの具体化

ダイアナ・ロスのシュープリームス時代をモデルにしたヒット・ミュージカル『ドリームガールズ』を見た時・・・


観客の大半を占める黒人たちが熱狂的な声援を送ったのは、ジェニファー・ホリデーという新人スター。


歌はうまいがデブでブスなためメンバーからはずされる悲劇の女という役柄です。


ダイアナらしき美人スターはとんと影が薄かったのです。


コンテスト前のヌード写真が発覚し、バネッサ・ウィリアムズはミスの栄冠を剥奪されましたが、そのスキャンダルで今でも有名人ですね。


二児の母になりました。


さて、「ユニ・セックス」という言葉がファッションでも具体化されたのは60年代のことです。


ミニスカートやバッグ カジュアルを世界中に広めたデザイナー、マリー・クワントはその自伝の中で、60年代初期の頃、イギリスに出現した"モッズ族"についてこんなふうに語っています。


第二次大戦後の街の女の子たちは旧世代の女性たちと違い、ステータスのためより自分の人生を楽しくするものを選び着こなすようになった、と。

ユニ・セックスでセクシーな人たち

生活がインターナショナルになりイギリスでもアメリカでも、国に関係なく同じものを着、食べ、音楽を聴くようになりました。


こんな時代が背景だから、当然男も女も同じような生活をするようになります。


女性がジーンズをはき、男の衣服だったダッフルコートも着ます。


反対に男性も女性の色と思われていた派手な色を身につけ、髪ものばしたりすれば、短くする男もいます。


つまり、「ユニ・セックス」は、時代が安定し、平和であればあるほど当然進むべき傾向であった、と解釈できるのです。


そういう意味で、昨今のイギリスのミュージシャンたちの装いたとえば大スターになった"カルチャー・クラブ"のボーイ・ジョージとか、新進グループ"ユーリズミックス"のアニー・レノックスーは、これがもっと進化し、"性"そのものも超越していることがとても興味深いですね。


これは私見かもしれませんが・・・


マッシュルームカットで登場したビートルズや、化粧をしたミック・ジャガー、デビッド・ボウイ、バッグ カジュアルを持って少年のような容姿で売ったスーパーモデル、ツィッギー。


これらの人たちは、"ユニ・セックス"という装いをしながらも、じつはそれがとても"セクシー"です。


そんな逆説的な"性"を看板にしたスターです。


そこには対大人社会という図式がありました。

中性的なファッション

女が男っぽい、男が女みたい・・・


それが正に古い価値観をうち破るパワーにもなったのです。


そのパワーの持つ魅力が、とても"セクシー"だったといえます。


では、ボーイ・ジョージやアニー・レノックスもそうかというと、これが全く異質であることに気づきます。


"性"が感じられません。


限りなく彼らは、"中性"に近いのです。


"ユニ"ではなく"ノン・セックス"といっていいでしょう。


ボーイのこれでもかという過剰なメークやコスチューム。


アニーのタータンチェックとゼブラ模様を配した衣装。


バッグ カジュアルなど肉体を飾るモノが多くなればなるほど、自身の生身の身体の存在があやふやになっていきます。


「ユニ・セックス」が男と女、ひいては平和な社会を作る手段と思われていました。


しかし、現実はそうじゃないのです。


"ユニ"から"ノン"へ・・・


これは今の時代では、平和主義者のシンボルかもしれないですね。

音と衣裳とボディーが三位一体

ファッションと音楽がピッタリ合体して、その時代を象徴するスタイルを作り上げたのは50年代後半からのことですね。


リーゼント・ヘアに革ジャンとジーンズ、ポニーテールにパラシュートスタイルは、50年代のアメリカ音楽には欠かせないものです。


また、ピシッと細身のコンテンポラリースーツのモッズは、60年代前半のモダンジャズ全盛のムーブメント抜きには語れません。


ロックがもっともホットなメッセージとなった60年代後半から70年代初頭といえば、すぐに思い浮かぶのが、ロング・ヘアにピチピチのTシャツとベルボトムのパンツ。


70年代後半は、パンク・ロックとパンク・ルック。


このように"メモリー"として残る(だから永遠でもあるのですが)ファッションには、音楽が不可欠な要素です。


音のメッセージには、バッグ カジュアルなどのファッションという視覚要素が絶対条件ということにもなります。


確かに、過去にも、"ジャズ・エイジ"と呼ばれ、20年代のファッションと音楽が結びついた時代もありましたが、それを享受できたのはごく一部の特権階級の人々だけ。


その後、ラジオ、レコード、テレビがごく当たり前の家庭備品として普及するようになり、このファッションの音楽化、音楽のファッション化現象が一般化したのです。

音楽映画とファッション

金のない若者も、音楽、ファッションに参加できるという情況が生まれ、それがひとつの時代を代表する"ルック"にまで到達することになります。


・・・というわけで、ファッション・ショーにもBGM選曲にディレクターまでつくのが80年代ですね。


見せる服と耳に訴える音があってこそ、ひとつの明確な主張に。


これが進み、バッグ カジュアルや服と音をまとってパフォームする肉体が、今やショーの最先端。


そういえば、このところ風俗にまでなる映画も同様のことがいえます。


服・音・体が三位一体となっている映画は、断然人気の的。


たとえば、『ストリート・オブ・ファイヤー』(84)。


今様ウエスタンとでもいいましょうか、強い人ほど美しいという映画です。


黒ずくめの皮に身を包んだワルが、とても健気であくどくないのが、ひねくれ趣味の私には少々物足りないですね。


イヤになるくらい本物のワルだったら、バックの音も迫力があったに違いないと惜しまれます。


そんな中で、このワルの部分をファッションでカバーしたのが、ヒロイン――ダイアン・レインのマネージャーに扮したリック・モラニスのトラディショナル・スタイル。


ロックのムードに、ひ弱な"いい子風"ルックという組み合わせの妙が面白かったです。

"シンプル"は才色兼備の女にしか似合わない

何をやってもニュースになる人がいますね。


最近は"悪いこと"だけがそれみたことかと喜んでとり上げられ、考えようによっては、まじめな善意の人より不良の人のほうが断然有利。


にもかかわらず、善行もトピックニュースになってしまう女性がいます。


ブルック・シールズがその人ですね。


たとえば、名門プリンストン大学に入学が決まって大騒ぎ。


期末試験の成績がほとんどAだったと、またしても世界中に外電が流れます。


アルコール中毒防止国家会議のキャンペーン・ガールを買って出たり(日本の1日駅長とか署長みたいなものかしら)、レバノン駐留の海兵隊員をクリスマス慰問したり・・・


もうじつに涙の出そうなほどのいい子ちゃんぶりがすぐニュースになってしまうのです。


これは、天下の美女ということもあるけれど、モデルとしても女優としてもネームバリューがあり、しかも頭がよくて世界の若者のお手本になるような善行をサラリとやってのけます。


高級ブランド品よりもバッグ カジュアルを愛用しているというところも庶民的で高感度が高いです。


この絵にかいたような才色兼備ぶりがやっぱり稀だからです。


滅多にいないですよね、こんな女性。

絶世の美女の現実感

善意もブルック・シールズくらいとびぬけていないと話題にはならないということです。


その点、恋人宣言やら離婚やら、服を脱いじゃってニュースになるなんて本当に楽チンですよね。


手っ取り早いほうを選びたい、これ人間の心理として当然のことだもの。


・・・といっても、世の中よくできたもので、ブルック・シールズのこの現実離れしたキャラクターが、どうも女優としては決定打のない要因。


実際はバッグ カジュアルなどを愛用する庶民的な一面を持っているとしても、そのあまりの美しさはあまり現実感がありません。


『サハラ』(83)も、恋あり冒険あり、そして彼女の容姿を生かすため、イタリアのファッション・デザイナー、ヴァレンチノの作品を起用と大サービス。


彼女の魅力をあますところなく描こうと思えば思うほど、お話のほうも現実離れしてしまうという矛盾。


何しろ現代という時がテーマなら"共感できる"ということがいちばん求められることです。


これだけ並はずれた容姿と頭と心をもっている彼女にはこれがチトむずかしいのです。


・・・というわけで、時代も場所もタイムトリップせざるをえないのですね。

美しくなる秘訣はつねに他人の視線の中にある

『サハラ』の中で、ストーリーに関係なく彼女がもっとも美しく見えるファッションがあります。


それはごくシンプルな白い布っきれを着ただけという感じのドレスとカーキーのオーバーオール。


技巧をこらした男装はちょっとチグハグで笑いを誘いますが、こういうスタイルの時はハッと息をのむほどきれい・・・。


"シンプル"は「才色兼備の女」にしか似合わない。


・・・つくづくそう思いました。


これじゃあ、何でもないフツーの服を着てオカミさんは演れない、それが現実。


さて、わたしがいつものバッグ カジュアルを持ち、とあるデザイン事務所で打ち合わせをしていた時のことです。


3時近くになったら急に男性たちがソワソワし出しました。


ちょっと休みましょうといいます。


お茶でも出してくれるのかと思ったら全員ドアの外へ出て、一階にあるガラス張りのエアロビクス・スタジオを見下ろせる位置に陣どりました。


何と1日のうちでこの時間の振りがいっとうエロチックなのだと・・・。

美しくなるためのコツ

「いや、まだ僕らなんかタイム制だからいいほうですよ・・・


ビルの清掃員に化けて、1日中モップ片手にガラスの前でウロウロしてる男もいるんですから」


・・・という弁解を聞いてもう心底あきれてしまったのですが、そういう"観客"がいるなんてことは、ガラスの中の女の子たちは先刻ご承知です。


むしろ見られることが、エクササイズよりずっと効果がありそうですね。


このいい例が、デビューしたての頃と何年後かの女性タレントの容姿の違い。


化粧やバッグ カジュアル、着るモノが洗練されてくることも大きいけれど、いつでもどこでも他人の視線があることが垢ぬける秘密でしょう。


ミニをはき続けると足がしまって美しくなるというのも、これと同じ。


レオタードのデザインが露出度をグングン高める一方なのも、機能性なんかよりこんな効用のせいなのです。


下半身の太さが悩みだったら、ガードルなんかでギュウギュウしめず、ハイレッグ・カットのレオタードでも着て、毎日鏡張りの部屋で過ごすほうが"美"への近道になるでしょう、きっと。


・・・というわけで、美しくなるための運動には、この露出をいかにカッコよく見せるウェアかが大切なポイントになります。

重ね着ファッションのお手本

映画『ヘブンリー・ボディーズ』(84)は、使用したレオタードの総数が1,000着という、まさにレオタード・ファッションの宝庫です。


中でも主人公に扮する黒髪のシンシア・デールのレオタードは、日本の女性にも参考になりそうですね。


キャラクターがダンスに夢をかけるパワーあふれる女性ということもあって、メリハリのきいたデザイン、色使いが多いのです。


動きもシャープに見えます。


特にきれいなのは、バッグ カジュアルと白のボディーウェアのトップにレスリングウェア型のハイレッグ・カットを重ね着した当時最新のスタイル。


こういう重ね着は、露出度が高くてもチャーミングに見えるというメリットもあります。


色は黒と彩度の高いオレンジがかった赤の2つのコーディネイト。


"赤は画面によく映える"のだとか・・・。


衣装のレオタードは新品でも、映画のはじめにクローズアップされた彼女の靴は、かなりはき古されたヨレヨレ。


つまり、シンシア嬢は吹き替えなしで踊っていることをアピールするショットなのです。

中高年女性のカガミ

『フラッシュダンス』で吹き替えを問題にされた同じ製作者の苦心のシーンでもあります。


ナンシー夫人の着こなしは中高年女性のカガミですね。


80年のレーガン大統領の就任式で話題を集めたもののひとつが、新ファーストレディー、ナンシー夫人の金に糸目をつけぬ豪華な衣装でした。


お気に入りのデザイナー、ガラノス、アドルフォ、ビル・ブラスのイブニングをとっかえひっかえで、ジャッキー以来のファッショナブルなファーストレディー誕生と、ことにファッション界からは好意をもって迎えられました。


・・・ところが、お祭り騒ぎが静まると、いっこうに好転しない景気や失業問題をかかえているにもかかわらず、ゴージャスな衣装クレイジーぶりを発揮し続けるナンシーさんに非難が浴びせられます。


デザイナー個人の名声を高めるために無償でドレスを提供され、宣伝にひと役かっているとか、ファッション界の発展のために大統領夫人が手を貸すのは当然だ・・・


・・・とまあ話題の質はともかく、久々に世間の眼がファーストレディーのバッグ カジュアルやファッションに集まりました。


しかし、好き嫌いは別にして、ナンシー夫人の装いといえば、ああ、とわかるほど、この人の服の趣味は一貫しています。


型はごくオーソドックス、素材は最高のもの、そしていつどこでもスキのないキチンとした着こなしなのです。

着こなしのポイント

夜の服は小柄でナデ肩の体型をことさら強調するものばかり選んでいるようでピンときませんが・・・


昼の装い、特にスーツの着こなしは、この年代の日本女性にもぜひ参考にしてもらいたいなあとつくづく思うほどです。


そのナンシー夫人が大統領とともに来日。


初日はグレーの濃淡でまとめたスーツとパールのネックレス、バッグ カジュアル


2日目は真紅のカーディガンスーツと黒のブラウスと、同じスーツスタイルでも、色でガラリと印象を変えた装いでした。


よく見ると背中も曲がりぎみでちょっと老いを感じさせますが、政治家も、その妻もソレが少しでも見えたら政治生命も終わりなんだそうです。


レーガンがシワをとるのも、メガネをかけずにコンタクトをいれるのもそのためなら、総入れ歯と噂されるナンシー夫人が、入念に仕立てられたスーツをキチンと着こなすことで若々しさを演出したり・・・


ハッキリ鮮やかな色を身につけるのも、色に負けないだけの容姿をまだ持っているとアピールするためのテクニックかなと思ってしまいます。


白と黒の装いが多かった歓迎晩餐会でのあのエメラルドグリーンのイブニングの目立ったこと!


すごい自信というより、自己演出なのです。


伊達に女優をやってたわけじゃないな、とつくづく思いました。

流行ファッションの火付け役はプリンセス

ニ児の母となっても、悲劇の死を迎えても、その人気はおとろえるどころか高まる一方のダイアナ妃・・・。


正直いって、ご婚約時代のダイアナ妃はつましい生活のせいもあったでしょうが、バッグ カジュアルを持って"健康"が服を着て歩いているような垢ぬけない印象のほうが強かったのです。


とにかく人並みはずれた大柄な身体に、よほどお好きなのか、襟元をギッシリうめつくしたブリブリのブラウスや小花模様のドレスの野暮ったかったこと。


・・・といっても、こういったスタイルは、スローン・レンジャー(ロンドンはスローン・ストリートに住む保守的な上流階級の人々)の女の子たちの典型的ファッションといわれています。


大胆に肩をむき出した黒のボールガウン(舞踏会用ドレス)のようなダイナミックなスタイルが引き立つ容姿だけに、本当にもったいないとつくづく思ったものです。


それが、ロイヤル・ウエディング後はとっ替えひっ替えの衣装道楽が功を奏したのか、見違えるほどのエレガントなムード・・・。


自信とお金が手に入ると女は磨かれるという好例ではあります。


まあ、冗談はともかく、この若くてファッションが大好きなプリンセスが登場したことで、英国王室のイメージはますますアップしたし、ファッション界も大いなる刺激をうけたことは間違いないでしょう。

いろいろな着こなしを楽しむ

帽子の復活とか、シックなマタニティウェアの流行などはダイアナ妃が火付け役ですね。


あの年の冬のクラシックなスタイルのアクセントになる、燃えるような赤やロイヤル・ブルーの流行色は、ダイアナ妃が好んでお召しになる色でもあります。


特に日本以上に英国に対して思い入れのあるアメリカでは、ダイアナ妃のファッションカタログまで出版されるほど・・・。


この本には、あらゆる場面でのダイアナ妃の着こなしが満載されていますが、1枚のブラウスで帽子にジュエリーをあしらった公式用と、ノーアクセサリーで白いパンツに合わせたカジュアル用と、くっきり対照的な2つの着方が披露されています。


ニュージーランド訪問中のスナップといいますが、バッグ カジュアルを持ってヘアのウェーブの流し方まで計算してカジュアルに着こなすあたり、このプリンセスのセンスはなかなかのものです。


公式用とは全く逆で、顔の表情がガラリと違うのです。


美容室でこのカットが人気だったのも、うなずける1コマ。


・・・というわけで、オシャレなプリンセスはマイナスどころかあらゆる場でプラスになり、産業も活性化させる原動力になることが実証されたわけですね。


日本の皇室にも、ダイアナ妃ブームをぜひ参考にしていただきたいものです。

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